BLOGしょう先生のブログ

しょうせんせい、ジムに通う の巻(1)

おはようございます。六甲アイランドは、小さな公園がたくさんあります。なくても生きていけるけど、あった方が心のゆとりにつながる公園。小さな子たちが遊んでいるのを見ると、いいなあと思います。

私は、公園で遊ぶぐらいの年齢の子どもたちには、「しょうせんせい」と自己紹介をして、しょうせんせいと呼んでもらっています。少しでも身近に感じてもらえたらと思っての呼び名です。

筋トレが苦手だった小学校・中学校時代

さて、今年の10月から、ジムに通い始めました。今日は、私がジムに行くようになるまでのお話を書いてみたいと思います。

私は5歳の頃からテニスをしているのですが、体の線が異常に細く、運動すればするほど痩せていく感じの子どもでした。

小学生の頃は食べることが嫌いで、親から「1ヶ月に1キロ増えたら何か買ってあげる。1ヶ月に2キロ増えたら、なんでも好きなもの買ってあげる。」と言われていましたが、それでも1ヶ月に2キロ増えたことは、小学校の6年間で1回ぐらいしかなかった気がします。

今、あの頃に戻れるなら、頑張って2キロ増やして、車でも何でも買ってもらえば良かったと…あ、いえ、なんでもありません。

ジュニアメンバーとしてテニススクールに通っていた頃はダッシュや筋トレなども周りの子たちと同じようにしていました。でも、筋肉がつくというよりは、筋肉が痛くなってしまって、やればやるほど、体が悪くなっていく感じでした。

例えば、私は腕立て伏せがほんの数回しかできません。やる気がないとかじゃなくて、頑張ろうと思えば無理やりできるのですが、頑張ると手首が痛くなったり、肩が痛くなったりして、成長を感じられませんでした。

私がジュニアだった平成初期の時代は、筋トレ中にはコーチは子どもたちを見ていませんでした。レッスンが終わって、「じゃあ腕立てやっとけよー」「はい、島1周走っとけよー」みたいな感じだったので、痛いなぁ、辛いなぁと思いながら、トレーニングをやっていました。

大きなけがをした大学時代、そして慢性化

大学生の時に、テニス中に腰を激しく痛めました。激しすぎて、帰りの電車で気を失いました。後にも先にも、痛みで気を失ったのはあの時が初めてです。

一度痛めてしまうと、弱くなっているのか、それからは再発を繰り返しました。2年ほど前には最もひどい症状になり、部屋からトイレまでも歩けなくなりました。このまま要介護状態になるのではないかと不安になったりもしました。

移動は全てタクシーになり、出勤だけでタクシー代が月10万円になってしまったこともありました。それでも働かなければならなかったので、引越しまでしました。

そんな弱い体でしたので、なんとか強くしたいと思い、7年ほど前に、1年間ジムに通ったことがあります。月会費制で何度も通えるジムだったのですが、初回に機械の使い方をサラッと教えてもらうだけで、よく分かりませんでした。

初回にデータ測定をした結果、「上半身の筋力が少ない」と言われたので、上半身に効きそうな機械をぐるぐると回りました。これで良いのかなぁと思いながらも、それなりに疲れるので、なんとなく1年間続けました。

正しいやり方なのか分からなかったので、インストラクターさんに聞いてみたかったのですが、イケメンインストラクターさんにはおばさま方が群がっていますし、奥ではボディービルダーみたいな人が鏡を見ながら、時に雄たけびをあげながら黒光りする筋肉を磨き上げている姿を目にすると、ちょっとアウェイ感がすごくて、誰にも聞けませんでした。

そして1年が経ち、改めてデータ測定をしたところ、なんと筋肉が増えていたのです!でも、増えていたのは下半身!!足に筋肉がついて、上半身は変化がありませんでした。

なんか、やっぱり違うなぁと思って、そこでジムは解約しました。

加齢とともに衰える体

あれから5年以上が経ち、前職の退職を機に、改めて体を整えていきたいと思っていました。この歳になると、痩せ形ですがお腹だけはちょっと出てきたようで難民のような姿は嫌だと思う気持ちも出てきました。前職の退職を機に、ジムに行こう!と思うようになっていました。

そんなとき、家のポストに、プライベートジムの新規オープンに関するチラシが入っていました。このタイミングで、このチラシに出会ったということは、これも何かのご縁かなと思い、すぐにメールで申し込みをしました。

プライベートジムって、筋骨隆々なボディービルダーか、読者モデルみたいな、肉体美に情熱を捧げている人が行くところってイメージではないですか?私はそう思っていました。

申し込んだものの、当日こんなひょろっとした、豆もやしかマッチ棒かよく分からないおじさんが来たら、トレーナーさんもがっかりするかなと思いながらも、恐る恐るドアを開けました。

中にいたのは

今日はここまでです。また明日、お会いしましょう。

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