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第13回【答えはないけれど】私の挫折物語【人生の気づき】

おはようございます。今日もお越しくださり、ありがとうございます。

もう13回目になりました、しょう先生の人生の気づきシリーズです。

今日は私の幼少期の思考回路に迫ってみたいと思います。

 

 

夢はプロテニス選手

私は小学校の時、テニス選手になりたいなと思っていました。

今思えば、驚くほど自分に甘く、プロになれるような取り組み方ではないのですが、それでもその時はその時なりに精一杯頑張っていました。

でも、高校に上がるとき、自分の進路を考える上で、諦めました。

 

 

プロテニス選手になれる確率

当時私はシングルスのランキングが兵庫県で3位でした。

でも、全国大会に出場したことはなく、関西大会どまりでした。

兵庫県で3位ということは、単純計算して47都道府県ありますから、全国で47×3=141位以内と言えます。

兵庫県は当時それなりに強い都道府県でしたので、甘めに見積もって100位ぐらいかな、と考えました。

 

でも、プロテニスプレーヤーとして食べていける人は世界でTOP100位以内だと聞いたことがありました。

(もちろん、中学生の知識ですから、真実は分かりません。)

 

その話を聞いたときに、世界でTOP100位に入る見込みがあるのか?と考えました。

そして、無理だと思いました。

 

日本で100位(しかも同じ年齢の選手だけで100位!)の自分が、ここから猛練習して世界で100位に入れるのか?と考えたら、無理だと思ったのです。

特に私の青春時代は日本男子のプロテニス選手はあまり活躍されておらず、女子テニスが盛り上がっていた時代でしたから、日本で1位ぐらいにならなければ、世界100位は無理じゃないかと思いました。

 

それで、テニス推薦は辞退し、勉強で進学することにしました。

 

 

あの時頑張っていたら?

こんなヘタレな精神でしたので、大坂なおみ選手や錦織圭選手のような立派なプロになれるはずもなく、平凡な人生となりました。

でももし、果たしてあの時プロを目指して頑張っていたらどうなっていたのだろうか?と思う時もあるんです。

 

とはいえ、私が幼少期に、プロになるだろうなと思っていた人のほとんどが、プロにはなっていません。

なれなかったのか、ならなかったのかは分かりませんが、とにかくプロ選手になったのはほんの一握りの方だけでした。

 

中には世界4大大会の1つ、ウィンブルドンに出場されて、世界ランキング50位以内まで登りつめられた方もいらっしゃいましたが、その方はやはり子どもの目から見ても、昔から別格でした。

本当にすごいと思います。

 

私がその一握りの成功者になれていたかと考えると、99.99%無理だったのではと思います。

もしプロを目指して頑張っていたとしたら、途中で疲れ、心折れてしまっていたと思います。

 

 

サクセスストーリーは大人気

日本では、いや、世界中同じかもしれませんが、成功者の手記や、成功者にスポットライトを当てたテレビ番組は人気ですよね。

 

有名人がどん底から這い上がってきたストーリーには強く心を揺さぶられます。

でも、それを見て、もっともっと頑張らなきゃ、もっと高い目標を持たなきゃと思うことが、果たして正しいのでしょうか。

 

世間一般には、高い目標を持つことこそが美しいとされる風潮が今も残っているような気がします。

でも、一握りの成功者の陰で、テレビにも取り上げられず、無理をして倒れてしまう人はその何十倍、何百倍といるのではないでしょうか。

一握りの成功者だからこそ、テレビで取り上げられるわけで、誰しもがそうなれるのであれば、それはテレビでは取り上げられないはずなのです。

 

 

いろいろな人生、どれも正しい

みんないろんな人生がありますね。夢を追い、頑張って花を咲かせる人生も素敵ですし、夢をあきらめ、違う夢を見つけて頑張る人生もまた、良いものですね。

なんだかおじいちゃんみたいな記事になってしまいましたが、みんな違ってみんな良し。

ということで、今日は筆をおきたいと思います。

 

 

今日もお読みくださり、ありがとうございました!!

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